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「突然、僕は殺人犯にされた」を読む

突然、僕は殺人犯にされた  ~ネット中傷被害を受けた10年間

最近少し話題になってたので読んでみた本。
最近は本を読んで情報のインプットを増やしていってるので、たまには本の感想でも…。

芸人のスマイリーキクチさんが、ネット上で殺人犯の汚名を着せられ、誹謗中傷を10年間受け続けたという話が書かれた本。
正直なところ、スマイリーキクチという名前も知らなかったし、この事件の事も断片的にしか知らなかった。本の内容は中傷が始まった頃の状況から顛末までが、読みやすい語り口で淡々と描かれていた。それが非常に生々しくて、自分の知らないところでこれだけの事が起こっていたという事実と、ネットで誹謗中傷を続ける人間のキモさに驚いた。それゆえに、内容としてはとても面白かった。
ただ、この本に書かれた事件の最後は、何ともスッキリしない終わり方ではあったりする。一度着せられた汚名を返上するまでに、これだけの労力をかけたのに、こんな結末かよ…と嘆きたくなるレベル。検察のダメさ加減がどういう理由によるものだったのか知る由も無いので、その点については特に触れないし、マスコミの反応についても今さらなのでスルーの方向で。

この本で興味深いと思ったのは、ネットで垂れ流される情報や、発信元の不確かな情報、自分の思い込みだけで他人を貶められる人間が、職業・年齢・性別問わず、世の中には結構いるのだな、という点。また、そういう人間は本気で「他人の言葉に責任を押しつける。自分の言葉には責任を持たない。」という行為を、何の悪意もなく自然に行っているという点。

幸いにして、自分の身の回りにそういった人間は見当たらない。
ただ、ネットという世界においては、その広大さ故に人目に留まりにくいという勘違いや、相手の顔が見えない故に「自分は安全」という勝手な思い込みが蔓延し、普段世間に出さない顔がさらけ出され、そういう人間が炙り出されてくるのだろう。
その一例を本書から一部引用。キクチさんを中傷し続けて捕まった犯人について、以下のような記載があった。

そのうちの一人はブログのコメント欄に、僕のことを殺人犯だと中傷しているスレッドの書き込み(文章の中には著者名と書名が記載されている)を貼り付けて、執拗に投稿していた。
「(元刑事『A』はコメンテーターとしてテレビに出演していたため)嘘をつくような人がテレビに出られるわけがない」と主張したらしい。
O警部補が「あなたさ、嘘をつくような人がテレビに出られないって言うんなら、あんな殺人事件を犯した人間なんて、なおさらテレビに出られないだろ」と問いただした瞬間、「あっ…」と我に返る。

このレベルの考えしか持てない、自分の見たい情報しか見えてない、中傷した相手の事が想像できない、そんな狭窄した視野で他人を貶められるのが、何かもう信じられない世界だなぁ、と思った。最近流行りのTwitterは、一部から「バカ発見器」などと揶揄されているけれど、正にこういった人間が抽出されているのだろう。Twitterの場合は、その母数の大きさ、手軽さ、利用の幅の広さが余計に自体を悪化させていると感じる。

ただ、その気持ちは何となく分からないでもない。「世間ではAとなっているが、実はBであえる」という言い回しは、常識を否定して別の事象を提示しているため、さもそれが真実のように見せかける魔力があるからだ。中傷をしていた人間は、まさにこうした魔法にまんまと引っかかって、「ネットに真実がある」などと誤解し、情報に踊らされているのだろうと思う。
この場合、AもBも情報源を正しく示すことができなければ、信頼性としては同等か、あるいは世間に情報が出回っていない以上Bの方が信頼性が低いのではないか、と見積もる(あくまでも見積もるだけ)。

ここまで書いているのだから当然、本書の内容が虚偽で、ネットの方に真実がある可能性も考慮しなくてはいけない。
ネットでこの事件について触れているサイト、この本について触れているサイトをを色々巡ってみた。しかし、スマイリーキクチさんを非難している内容のことごとくが、情報源を示せておらず、本の内容で完全に否定されている事ばかり。事件の元となった殺人事件をネタとしたことはない(P154)し、元不良として売り込んだ事もない(P163~164)、「殺人事件の関係者が100人」というのは加熱した報道合戦から出た情報で、「捜査の過程で聞き込みをした人数」がそれぐらい(P-96)、という警察の話だそうだ。
この場合、中傷された本人が自身の経験を元に書いき、事実関係と関係者との会話を綿密に書き綴った本の内容と、情報源も無く、既に名誉毀損で刑事告訴された内容と同じネットの書き込みのどちらの方がより信用に値するか、という話になる。少なくとも自分は、前者の方がより信用できる情報だと考える。

何となく取り留めも無い話になってしまったけど、最後に2つ。

1つめは今後のネットの在り方について。
これからネット社会はもっと広がっていくし、国、職業、性別、年齢関係なく利用者もどんどん増えていく。当然、普段は見えないような、歪んだ人間が頭角を現してくる可能性もどんどん高くなる。そうした社会とうまく付き合うためには、学校教育におけるネットのリテラシ教育が絶対に必要不可欠だと考える。
ネットの世界も社会の一部。それも、追跡しようと思えばどこまでも追跡可能な、身の回りの社会以上に厄介な社会だ。利便性とセットでつきまとうその危険性について、より正しい認識を多くの人が共有することが重要だと思う。

2つめは、凄く個人的な話。
2chが出来て間もない頃の2000年、丁度大学に入って自宅のネットが開通して、さんざんネット巡回をしていた頃、よく「IP抜くぞ( ゚Д゚)ゴルァ!!」というスラングが書かれていたように思う。意味としては、「IPを取得する = 個人が特定される = PCや本人に危害が及ぶ」というようなニュアンスが含まれていたと思う。その頃はネットの知識もそれほど豊かでもなかったので、何となく恐ろしかったのだけど、今思えばIPアドレスぐらいで素人がどうのこうの出来るわけがないし、そもそもIPアドレスなんて垂れ流しなのでどうでもいい。まぁ、当時のWindows 98SEはセキュリティが相当ザルだったので、ダイヤルアップで直接ネットに接続しているPCにリモートで何か危害を加える事は出来たかもしれないけど…。
ネットで他人を攻撃する人間は多分、こういった出来もしない事を平然と書き込んで他者を脅したり貶めたりできる精神と同じ物を持ち合わせているんだろうな、と何となく思った。
すいません、なんかどうでもいい話でした。

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