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資格に対する考え方

IT パスポート試験、最年長合格者は 82 歳 – スラッシュドット・ジャパン

このスラッシュドットの記事を眺めながら目についたコメント。

資格があるからといって仕事が…はよく言われることで、事実だし、資格資格と大騒ぎするのも
なんだかなぁ…と思ってました。

が、最近は、資格を取る過程で発生する調べ物や学習は、たとえ試験に落ちても有益だよな、
という観点から「資格取得を推奨するのも組織のレベルによっては悪くないな」と思うようになりました。
低レベルな話ですが、全く勉強しないでお客さんに迷惑を掛けるなら、資格手当だなんだで釣ってでも
学ぶ機会を強制しなければ…と。
いや、技術知識が15年くらい前から停止している人たちがこぞって「資格は無意味だ」と言うのを見てて思ったことです。

「ウェッブの情報?ブログの情報?バカ言うな、そんなもの参考になるか!」(あえて「ウェッブ」と書きましょう)
「技術雑誌?そんなもの読んでる暇があったら現場に出ろ!」
「新しいOS?うちにはそんなもの関係無いんだよ!客が要るっていうまでは黙ってろ」

そういうことを言っちゃう人たちに、一度抜き打ちでITパスポートあたりの試験を受けてもらいたい。

この意見については、自分も概ね同意見を持っていた。よく、資格なんて持っていても意味はないという話は言われるけれど、果たしてそうだろうか?と思うようになってきた。

ここでは情報処理技術者試験を前提にするけれど、基本情報処理試験でも、応用情報技術者試験でも、出題される問題もそれなりに考えられているので、幅広い情報技術の知識が求められる。
そういった知識を獲得するため学習や、知識の再確認・見直しという意味で、決してマイナスではないと思う(お金はマイナスかもしれないけど)。また試験という形態は、学習のモチベーションを高めるのにうってつけだ。(ついでに泥臭い話をすると、会社から手当が出るかも…)

また、それに合格するという事は、そういった幅広い知識を持ち合わせているという最低限の知識レベルは期待できると考えられる。少なくとも目の前に資格持ちと資格無しの二人がいて、どちらかを選べと言われれば資格持ちの方が少なからず「有能さ」を期待できる。
能力として役立つかというよりも、能力の最低ラインを周囲にアピールするという消極的効果は期待できる。「自分がどの程度の能力を持っている」という事を長々説明するよりも、××の資格という簡素なアピールの方が、プレゼンとしては有効だろうという話。

個人的にはむしろ、「資格なんて役に立たない」とうそぶいて価値を見出そうとしない側をこそ疑ってかかるべきではなかろうか、と思っている。
資格の「役割」を仕事に役立つかどうかという基準で近視眼的に捉えているのであれば、確かに意味はないのだろうと思う。ただ、それは資格その物の価値が全否定されるものではなく、あくまでもその人間にとって意味がないというレベルの話。一般化して語るものではないはず。受験する側がそれ以外に対して意味が見出せるのであれば、間違いなく受験する意味があると思っている。
そりゃまぁ、世の中にはほとんど役に立たない資格もたくさんあるんだろうけどね…。

あと、引用コメントにあるように、資格を否定する側はその資格を取るレベルの知識・技術が備わっていなければ、視点を変えるとただの負け惜しみや向学心の無さ、能力の欠如の露呈に繋がりかねない点に注意。

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