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新聞というメディア形態の限界

J-CASTニュース : 毎日・産経が半期赤字転落 「新聞の危機」いよいよ表面化
痛いニュース(ノ∀`):“若者、新聞読まない…”朝日新聞に続き、毎日新聞・産経新聞も半期赤字転落 …「新聞の危機」いよいよ表面化

朝日新聞社の赤字決算が新聞業界に波紋を広げるなか、その流れが他の新聞社にも波及してきた。毎日新聞社と産経新聞社が相次いで半期の連結決算を発表したが、両社とも売り上げが大幅に落ち込み、営業赤字に転落していることが分かった。両社とも背景には広告の大幅な落ち込みがある。景気後退の影響で、さらに「右肩下がり」になるものとみられ、いよいよ、「新聞危機」が表面化してきた形だ。

まー、そりゃそうだよなー、と思う。というか、よく今まで持ちこたえてたなぁ。

新聞は情報を伝達するメディアの一形態ではあるけれど、媒体としての優位性は、今となってはそれほど高くない。新聞の特性は、情報を何度も読み返せる再読性、内容が保存がしやすい保存性、詳細な内容が記述できる詳報性、持ち運べる可搬性、記事をざっと見渡せる一覧性、などがある。逆に欠点としては、速報性がなく情報伝達が遅い、文字・写真といった静的な情報しか伝達できない、情報の蓄積に伴い容積が大きく増加する、といったものがある。
一方、テレビはメディアの特性が新聞と異なり、ほぼ相互に補完できる関係にあったため、共存可能な状態にあった。

ところが、ネットの特性はそれらをほぼフォローできる特性を持っており加えて過去の記事を容易に参照でき、検索や分類と言った情報の探索が容易に可能となっている。また、コピーが非常に容易であったり、対話性があったり、いくつもの情報を平行して参照できたり、メディアとしての利便性は明らかに高い。
欠点があるとすれば、可搬性、一覧性が今ひとつ。携帯によって可搬性は高まったものの、画面の小ささから記事を一覧する事は難しくなる。一覧性を高めようと思うと、今度は可搬性が犠牲になる。あと、操作性が悪い。
ただ、それらはネットの特性というよりも、表示装置側の問題になってくる。新聞やテレビは、メディア≒表示装置(媒体)というぐらい密接な関係にあるけれど、ネットは特に固定されておらず情報がどう閲覧されるかは、それを表示する表示装置次第という事になる。

現在のところ、新聞が勝っている点は正にそこではなかろうか、と思う。逆に言えば、それぐらいしかない。これは、テレビの方にも同様の事が言える。
そんな状態で新聞がメディアとして復権できるか?と考えるととてもそうは思えない。

新聞が一覧性と可搬性を両立できている理由は、紙である事=「折りたためる事」。つまり折りたためるディスプレイ、例えば有機ELのような表示装置が実用化された時、新聞としての地位はほぼ完全に失墜してしまうのではないか、と思う(もっとも、材質が紙で安価に製造できる事、という点においては絶対に覆せないだろうけど)。

ただ、新聞にしろテレビにしろ既存のメディアには巨大な資本があり、取材や記事を書くための投資を行う事で、(少なくともネットの垂れ流しよりは)質の高い情報を自ら作ってきた。それが失われていった場合、情報ソースの拠り所がどこになるのか、という点が非常に気になる。
具体的には、恐らく今後、再編・縮小をしていく事にはなるだろうけど、情報ソースが集約されて多様性が失われ、偏向的な情報が流れるようになるのではないか?という点が気がかりだったりする。


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