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Wikipediaのあれやこれや

現在を支配する者は過去を支配する、米議会がウィキペディアを必死で書き換え経由、ウィキペディアが隠す156cmのタブー|笑える一言

1ヶ月以上前の出来事だけど、今頃知った。
L’Arc~en~Ciel – Wikipediaの項で、ハイド氏の身長を156cmと書いた途端に消されてしまうため、遊び半分で156cmと書く輩が大量発生したとか何とか。

何やってんだか…。というか、何が面白いのやら。個人的には全く笑えない。ふざけんなという心境。
自分がここでこんな事言ってもしょうがないとは思うんだけど、Wikipedia書くんなら、もう少し公共の情報を記述してるという意識を持ってほしいなぁ、と。具体的に言えば、明確なソース(情報元)に基づく情報の記述を心がけることと、客観的な記述を心がけること。2chや自分のサイトと同じようなノリで、ネットで聞きかじったような出所も分からん情報を適当に書き込むなと。情報元があったとしても、その情報元が信頼に値するかどうかをきちんと判断するぐらいの余裕は欲しい。あとずっと前、何かの項目の中に「私見を交えて言うなら」という記述を見た事あるけど、誰も百科事典で一個人の考察なんて求めてないし、それ以前に自分で個人的な意見と分かってるなら書くなと。
もちろん、上記の記事ような遊び半分でバカな内容を書き込むなんてのは論外。せっかく色んな人が知識を出し合って作り上げた貴重な情報を、無惨に引き裂くような行為は愚行を通り越して罪悪ですらあると思ってる。逆に、何の議論も無く記述された情報を削る方も同レベル。上記の記事で言うなら、ハイド氏の身長が156cmという情報を何故削るのか、論理的な根拠を提示した上で議論するべきで、他者の提供した情報を無碍に削るのはやはり感心できない。

Wikipediaは誰もが書き込めるし、誰もが編集できるので、誰もが情報の提供者となりうる。逆に言えば、誰もが情報のチェックが行えるわけで、それによって情報の質が維持される。それがWikipediaの方針だし、自分もそれについて異論を差し挟むつもりは毛頭無い。
ただそれでも、情報を提供する側の人間にはそれなりの意識を持ってもらいたい。もちろん100%信頼できるソースの取得や、完全に客観的視点に徹する事を求めるのは相当に難しい。ただ、そういう意識を持つ事、心がける事は誰でもできるはずじゃなかろうか、と。少なくとも、情報元に関してはインターネットを利用して情報を調べる事はいくらでもできるわけだし(それが信頼に値するかどうかはさておいて)。
自分の本音をハッキリ出すなら、それすら出来ないバカはWikipediaに書くなと言いたい。

ただまぁ普通はそんな堅苦しく考えず、自分の好きな事、学んだ事について、分かる範囲で記述していけばいいと思うけどね。それなら、ある程度情報元は確保できると思うし。ただの誤字脱字のチェックでもいいし、書ける事は色々あると思う。

ところで、最近Wikipedia重すぎ。

追記

なみに、最近自分は主にファルコム関連の記述をやっている。専ら英雄伝説辺りの情報を追加中。履歴の中に自分の名前を残すようにしてる。何かこう、自分が書いてるという証拠を残したくて…。

17日 17:35 追記

ITmedia News:Wikipedia訪問者、1年で2.8倍に

今年1月の推定ユニークユーザー数は457万人で、対象期間中にネットにアクセスした人の17%がウィキペディアを見た計算。

そりゃ重くなるわけだ。

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